函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。

夜、スマホニュースを眺めていたら衝撃のニュースが飛び込んできた。

なんと、函館の旧相馬邸が売却されると言うのだ。函館とは、何かと縁の深い青山物産。

旧相馬邸の所有者であり、運営者でもある東出さんとは、青山物産のコラム、伝統的建築物を守る人にもご出演いただいて、函館を訪問する際には会いに行っていた、大変お世話になった人です。

伝統建築を守るひと【vol1:函館市 旧相馬邸 東出伸司氏】 | 青山物産株式会社のブログ

旧相馬邸は、函館の豪商相馬哲平が、明治42年から44年にかけて建てた、和洋折衷の自宅です。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財|旧相馬家住宅

北海道で唯一、「伝統的建築物群保存地区」に指定されている、函館山の麓の西部地区にあり、函館湾を見下ろす眺めの良い立地。英国領事館のすぐ上、函館公会堂のすぐ下という位置関係からも、相馬哲平の豪商ぶりがわかります。

明治41年には函館公会堂の新築に、当時の金額にして5万円の寄付を行い、いくつもの函館の公共事業に寄付を行った、函館を代表する篤志家でもありました。

この旧相馬邸は、2008年に売りに出されます。当時の所有者であった地元の不動産会社の経営状態によるもので、解体して更地にする話もあったそうです。

函館出身で西部地区の学校に通っていた東出さんは、小さい頃から見ていた、あの旧相馬邸が売りに出ていることを知り、居てもたってもいられず、まず内覧だけと見に行きましたが、中はボロボロで、幽霊屋敷のような状態だったそうです。保存について函館市にも掛け合ってみても、市での購入は難しく、最終的には個人で買い取ることにしたそうです。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財|旧相馬家住宅

そこから綺麗に修復し、内部公開し、重要文化財の指定まで進めていくのですが、購入当時の秘話については、伝統的建築物を守る人にありますので、詳しくはご覧ください。

個人で文化財を維持していくことの難しさや、年を重ねるごとに課題として迫ってくる建物の承継についての悩みなど、文化的意義を持つ建物を所有する難しさについて聞いていましたので、継承先が決まったというニュースは、役に立てなかったという不甲斐なさもありましたが、東出さんの活動や建物が引き継がれることは、とても嬉しかったです。

今後は、クラウドファンディングを運営する会社が設立したSPC(特別目的会社)が取得し、ホテルマネジメント会社と協働で一部をホテルに改修し運営していく予定だそうです。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財|旧相馬家住宅

ニュースでは、現体制での一般開放は4月13日までとあります。すぐに飛行機とホテルの予約をし、東出さんに「お疲れ様でした」の一言を言いたく、1泊2日で函館に行ってきました。

雪の積もる函館は、冬季(11月から3月)に休業する店や観光名所も少なくありません。旧相馬邸も冬季は休館しており、タイミングが合わずここ数年は訪問できていませんでしたので、久しぶりに内見できるのも楽しみです。

4月の函館は、春に向かって少し暖かく、長袖シャツとセーターでも少し汗ばむほどでした。11月頃に訪れることが多いので、普段とは違った季節の函館は新鮮です。

時間を気にせず東出さんともゆっくり話したいですし、邸内もゆっくり観て回りたいので、初日は函館の空気に身体を慣らして、2日目の朝から行くことにしました。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財|旧相馬家住宅

最後の一般公開でしたが、思ったより人が少なく、思い出に浸りながらのんびり見て回れました。

購入から修復、16年に渡る運営、そして今回の継承と文化財を所有した人にしか分からないご苦労があったと思いますが、久しぶりに会う東出さんは、いつもと変わらず闊達な話しぶりで、今回売却するに至った経緯や、売却後のご自身の活動予定など、いろいろと聞かせてくれました。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財を個人で守ってきた人|旧相馬家住宅

函館に来て、東出さんと出会えたことで、プレイリーハウスの継承など、多少ではありますが文化財に関わることができ、私の人生にとって大きな財産になりました。

旧相馬邸の運営から離れても、変わらず交流いただけるとは思いますが、東出さんの旧相馬邸館長としての最後に、挨拶に伺えてよかったです。

次は、売却後の新たなプランが発動した時にお会いすることを約束して、旧相馬邸を後にしました。しかしながら、80歳半ばを過ぎても、次のプランに向けて活動する活力には頭が下がります。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
函館の重要文化財|旧相馬家住宅

ところで、函館の西部地区にある歴史的建造物は約4分の1が空き家で、十分な管理もなされていない建物も多くあります。維持管理にも多額の費用が掛かり、市からの補助金だけでは賄いきれず、多くが個人もしくは親族で所有していて、権利関係も複雑になり、維持管理をするにも売却をするにも難しくなっている建物もあるそうです。

函館山からの夜景も、人口減で灯が消え、年々寂しくなっていますし、歴史的建造物の減少も進めば、函館の観光資源が温泉だけになってしまいます。今回、旧相馬邸は無事に継承できましたが、取り壊しの危機にある建物も多く、歴史的建造物の継承は、観光都市の函館にとって悩ましい問題のひとつであるようです。

函館の重要文化財を個人で守ってきた人に久しぶりに会いに行ってきました。|旧相馬邸住宅
田上義也のプレイリーハウス

東出さんによってご縁をいただいた、西部地区にあるプレイリーハウス。遠藤新とともに、フランク・ロイド・ライトの事務所で帝国ホテル建設に携わった田上義也の設計。一般公開をしていませんので、外観だけ久しぶりに見に行きました。この継承に関われたことは大きな財産ですが、その次の継承となると…。

どんな建物でも、所有者が価値や利益を享受できなければ、所有を継続することは困難です。住居として利用するには、内装変更や設備交換を考えなければならず、断熱もとなると多額の費用が掛かりますし、見た目も大きく変わってしまうというジレンマを抱えることになります。

法人で購入しホテルやカフェに転用するにしても、来訪者数が減少する冬季1-3月の対策も考えなければなりません。さらに歴史的建築物の置かれている状況を鑑みると、西部地区の街並みの魅力で来訪者数を維持できるのかという懸念もあります。

もし自分が購入したらと想像すると、ついついネガティブなことばかり考えてしまいますが、最近は「著名漫画の聖地」という新たな観光資源も生まれ、聖地巡礼を目的とした観光客も増えているようです。

ただ、漫画の舞台となるのも、函館の歴史を肌で感じられる、「歴史的建築物の街並み」が現存していることも起因しているでしょうし、やはり建物や街並みどう継承していくかが、観光資源を維持するポイントのように思います。

単なる繰り延べにならない継承についての難しさについて、考えた函館の2日でした。

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四方田裕弘
  • 四方田裕弘
  • 1976年生まれ、東京生まれ東京育ちで2人の娘の父です。建物、特に近代建築が好きで、ちょっとした旅行でも近代建築を探し当て、見に行ってしまいます。

    【保有資格】CPM(米国不動産経営管理士)/(公認)不動産コンサルティングマスター/ファイナンシャルプランナー/宅地建物取引士/管理業務主任者/相続アドバイザー