明治村

博物館明治村訪問記ー2日目-

さて、博物館明治村訪問記最終日の2日目は犬山城からスタートです。
犬山城は、現存する日本最古の天守をもつお城で、国宝にも指定されています。

織田信長の叔父小田信康が築城し、最近までは、かつての城主成瀬家の末裔が個人で所有していたそうです。

犬山城

居住としての用途ではなく、主に戦の時の出城として利用されていたようで、階段は急で武具の間が広く、質素な造りでした。

明治村

天守の回廊に出られるのがウリですが、欄干はほぼ膝の高さで廻縁は外に向かって傾斜するという、高所恐怖症には耐えられない環境です。

天守にいるだけでも手に汗握る状況でしたが勇気を振り絞って木曽川を撮ってみました。

明治村

もう無理。

町屋の遺る犬山城下

犬山城には今でも町屋がのこる城下町があります。

江戸時代と変わらない町割りに、練屋町、魚屋町といった当時の町名を記した標識がところどころにあり、かつての賑わいを想像しながらちょっとしたタイムスリップが楽しめるかもしれません。

こちらは、江戸時代の町屋様式をそのまま残す、旧磯部家住宅。犬山城下町では唯一むくり屋根が現存する建物だそうです。

戦前は呉服屋、戦後は茶販売を営んだ磯部家の住宅です。間口3間半、奥行8間の奥に長い商家建築は、「みせ」の部分は吹き抜けで通り土間には台所、茶室に続く渡り廊下は弁柄で、奥にはなまこ壁の土蔵という造り。

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なかなか楽しいお散歩でしたが、主目的の明治村は犬山駅からはバスで20分、本数も限られていて長居しすぎると明治村が見られない危険もあるので、明治村に向かう事にしました。

明治村2日目は1丁目から

2日目の明治村は初日とは逆コースで、入口すぐの1丁目から歩いて回ることに。

重要文化財の三重県庁舎です。

明治村

三重県庁舎(明治12年築-昭和39年解体 築86年:三重県津市栄町)

続いては、森鴎外と夏目漱石が住んだ千駄木にあった木造家屋。吾輩は猫であるはここで執筆したそうです。

3畳の女中部屋に北側の渡り廊下、玄関脇の突き出した書斎は、当時の中流住宅の一般的な間取り。

明治村森鴎外夏目漱石住宅

森鴎外・夏目漱石住宅(明治20年頃築-昭和38年解体 築77年:東京都文京区千駄木町)

目黒区青葉台の西郷山公園にあった、西郷隆盛の弟、西郷従道のお屋敷で、和館・本館・洋館とあったうちの洋館。

明治村

西郷従道邸(明治10年築-昭和38年解体 築87年:東京都目黒区上目黒)

続いて、横浜山手の外交官の家と同じガーディナー設計の聖ヨハネ教会堂

明治村

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聖ヨハネ教会堂(明治40年築-昭和38年解体 築57年:京都市下京区河原町通五条下ル)

2丁目の大通りをひと通りみて、3丁目の芝川又右衛門邸へ。設計は武田五一。

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金色の壁の渦巻き模様は、ひとつずつ鏝をあてて作ったものだそうです。1階の玄関脇にあるステンドグラスはちょっとした工夫がなされているので、案内の方がいる時間に行った方が、いろいろと教えてもらえるので、お勧めです。

明治村

昭和の増築時に改装された、金色の真鍮粉塗りの壁(左)/襖に隠された暖炉(右)

芝川又右衛門邸(明治44年築-平成7年解体 築97年:兵庫県西宮市上甲東園)

墨田区の東向島にあった幸田露伴の蝸牛庵をみて、(この辺で建物の内部見学ができる時間が過ぎてしまったので、外観だけ)西園寺公望別邸「坐漁荘」へ。

政治家を引退したのちに、清水港近くの興津の海岸に建てた別邸です。波平さんの髪の毛ごとく真ん中に一本立つ避雷針がかわいいです。

南側にの窓には、紫外線を透視する「並厚ヴァイタガラス(vita glass)」というガラスが使われていて、部屋にいながら日光浴ができる工夫がなされているそうですが、内部見学時間が過ぎていたため、観られず。。。

明治村

坐漁荘(大正9年築-昭和45年解体 築51年:静岡県清水市興津清見寺町)

そして神戸山手西洋人住居へ。洋館と和館を渡り廊下で繋ぐという面白い造り。主屋と付属屋を組み合わせた構成は、神戸の西洋館では典型的な造りだそうです。

今でも異人館が多い山本通にあったようです。

明治村

神戸山手西洋人住居(明治20年代築-昭和41年解体 築約80年:神戸市生田区山本通)

最後は4丁目に流れて、シアトル日系福音協会。この辺りには、ブラジル移民住宅やハワイ移民集会所など、海外の日系人に縁のある住宅が展示されています。シアトルのセーフコフィールド近くにあった日系移民のための教会。

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シアトル日系福音協会(明治40年頃築-昭和58年解体 築77年:ワシントン州シアトル)

他にもいろいろと見て回りましたが、写真での紹介はこれくらいで。興味のある方は是非一度行ってみてください。

書きながら学んだ事は、明治時代に建てられた建物は昭和30年後半から40年代にかけて解体されていったのだなという事。昭和30年代後半は東京オリンピックでカラーテレビが普及し、町が大分変ったという事は親世代から聞くことはありましたが、こうしてみると町並みや生活スタイルが一変するような大きな出来事だったんだなと感じました。東京だけでなく日本全体で。また、築100年を超えている建物がないことに驚きでした。

建物だけでなくこういった道も趣があって、他愛もない話をしながらのんびり歩くのにもいい場所です。

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落ち葉って、ふっと自分にとって一番懐かしい時間に引き戻してくれますね。近代建築を結ぶ、落ち葉の残る道を歩くという、時空を超えた立体的な旅を楽しめました。

地所から離され、展示物となった建物の価値については、様々な考えがあるとは思いますが、当時を生きていない私にとっては、想像力を膨らませ、自分の時間を豊かにしてくれる存在ではあります。

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